notes

終わりの始まり

私はよく"ものごとの終わり"について考える。
始まりがあれば終わりがある。当たり前のことだけど、終わりはいつかやってくる。
人間でいうならば、それは「死」である。私は昔から死についてよく考える。

たとえば落語のサゲ、漫才のオチ、あるいは映画や舞台の結末がイマイチだと物足りなさを感じてしまう。
それは一種の完璧主義で「最後が決まらないならやらない方がマシ」とまで若いころは思っていた。友人がたとえていわく「石橋を叩くどころじゃなく、叩いて叩いて叩きまくって最終的には自分で壊して『ほら、危ないやん。渡らんでよかった』と言うタイプ」。

事を始めるの時間がかかるタイプ。   ・・・だった。
異論続出だろうが、今もそういうところがある。

実は頭でっかちで口ばっかりの私にとって「やりたかったこと」を実行に移すのは並大抵のことではなかった。
やるからにはきれいなものを作りたい、あんなことやこんなこともやりたい。でもそれをどうやってやればいいのかわからない。。。妄想は膨らむものの技術面が全く分からず、煩悶した半年が過ぎてやっと根性決めた。
青臭いけど、私には実現したい目標があって喜ばせたい人がいる。
そして思いは表現しなければ伝わらない。人生は意外と短いのだから、いつ終わりが来るのかは分からない。

「やってやる!」と決めてから、イメージ作りに2週間かけ、本を買い、フリーソフトを使って実質3日で作ったのがこのサイトなのだ。工事中だらけで、それでも無理やりUPしたのが6月8日の朝だった。数人の友人に「ちょっと見て」とメールしたときは両手が麻痺していた。

そして「webmaster」をことごとく「wedmaster」とスペリングしていて全部修正するわけだが・・・(滝汗)。

このサイトを始めてから1年が経った。長かったような短かったような1年。
「終わり」を想定できないことは嫌いだから、とりあえず1年間で訳詞を全部UPしてそれが終わればいつでもやめようと思っていた。
しかし怠慢と力不足でその目標は達成できなかった。では1年という区切りをもうちょっと延ばそう。

だが1年経ってまた新しいアルバムが出た。
もう10曲分仕事が増えた。

それでもいつか終わりは来るのだろう。それは私がめちゃめちゃ忙しくなって時間的余裕がなくなったり、海外に移住したりするような物理的な問題か、それとももうサイト作りや阿妹に飽きてしまって情熱が燃え尽きるのかそれはまだ分からない。
しかし終わりは必ず来る。

5月にある人が半年も前に亡くなっていたことを知った。遠く離れていたとはいえ私は彼女の死を知らず、旅立ちを見送ることすらできなかった
私の手元には「次に行ったときに見せよう」と思っていた写真がまだある。

人はオギャァと生まれたときから死ぬことが定められているけれど、いつがそのときなのか知らされていない。
しかし終わりがあるからこそ、いまを大切に生きられるのではないだろうか。

Y叔父と婦人に捧ぐ
2003年6月30日

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